「トランス・サイエンス」(科学⇔社会)の難題に、
既定路線で突き進むリスクは大きい
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●「地層処分ありきでいいのか―科学的な議論に立ち返れ」
地球科学研究・技術・教育の現場に携わる有志300名余が声明
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原子力発電(以下、「原発」)の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(以下、「核のゴミ」)の処分地選びをめぐり、地球科学の専門家有志300名余が去る10月30日、「日本に適地はない」とする声明を公表した。地殻変動帯に位置する日本の国土では、廃棄物を10万年にわたって地下に閉じ込められる場所を選ぶのは不可能と指摘し、開かれた検討機関を設置したうえでの処分の抜本的な見直しを求めた。
原子力資料情報室:地学の専門家ら300名余による地層処分に関する声明文
声明文は、「いま、原発から出る核のゴミの最終処分場を選ぶ第一段階の文献調査が、北海道の寿都町と神恵内村ですすめられ調査報告を待つ段階にある(2023年5月現在)。文献調査の公募は2002年に始まり、経産省は2017年に地層処分地の適地・不適地を示した『科学的特性マップ』を公表して、処分地選定への働きかけを強めた。しかし、そのマップは『適地』を示すというより、明らかな『不適地』を除外して、処分地の選定を進めやすくしたかのようにみえる」としている。
核のゴミは、その放射能が自然のウラン鉱石と同程度のレベルになるまでに10万年かかるとされ、そのあいだ、地下300m以深の処分地に埋設される計画だが、火山国・地震国で地殻変動が活発な日本において、10万年のあいだ、核のゴミを地下に安全に埋設できる場所はあるのか、と疑問を突きつけた。有志300名は地球科学を専門とする研究・技術・教育の現場に携わる立場からの意見表明で、地層処分で先行する北欧と同列に扱い、封じ込めの技術で安全性が保証されるとみなすのは「論外」と批判。
声明によると、研究者らは以下のような根拠や論拠を示している。
▼日本列島は複数のプレートが収束する火山・地震の活発な変動帯であり、地層の安定性が低い。地層処分とは、核のゴミを地下300m以上の深さに埋めて、10万年以上にわたって放射性物質が漏れ出さないようにする方法だが、日本では、地震や火山活動によって地層が破壊されたり、地下水の流れが変化したりする可能性が高い。そのため、地層処分に適した場所を選ぶのは不可能で、安全性を保証することはできない。
▼日本の地層は不均質で亀裂や断層が多く、水みちが複雑。核のゴミの安全性評価では地下水の流れをシミュレーションして、放射性物質が地表に到達するまでにかかる時間を推定するが、日本の地層では細かな割れ目や断層を把握するのが困難で、信頼性の高い計算は困難。また、地層の不均質性や水みちの複雑性は核のゴミを地下に埋めた後も影響を及ぼす。地下水の流れ次第で、放射性物質が予想外の経路で漏れ出す恐れがあり、地層の安定性や核のゴミの包装材の耐久性にも影響を与える。
▼日本の地層処分法は、北欧などの地殻変動の少ない地域での事例に基づいており、日本の地質環境に適合していない。地層処分法は、2000年に成立し、核のゴミの処分手続きや責任分担を定めたが、この法律は、地層処分が技術的に可能であるという前提で作られたもので、日本の地質環境の特徴やリスクを十分に考慮していない。地層処分法を廃止し、地上での暫定保管も含めた処分の抜本的な見直しを求める――
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●第三者機関を設置し、広く国民の声を集約して結論を
意見交換会やパブコメが既定路線の“手続き”であってはならない
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ちなみに、国家体制が異なる中国とロシアの原発では、核のゴミ処分対策はどうしているか。中国は、地層処分の前段階となる高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にする国内初の施設を2021年に四川省に建設し稼働させ、甘粛省ではゴビ砂漠で最終処分場の建設に向けた動きも本格化しているという。中国は原発強国をめざし、核のゴミの処分問題を解決して、世界の原子力産業界で影響力を強めようとしている。
ロシアは、旧ソ連時代に多くの核廃棄物を海洋投棄したり、川に放出したことで、北海などは深刻な放射能汚染を受けているとされるが情報は公開されていない。ロシアは現在も外国の使用済み核燃料の処理を引き受けるいっぽう自国の核廃棄物の処分場は不足、地層処分の計画を立てているようだが具体的な進捗は不明だ。
ひるがえって、今回の有志声明では核のゴミ処分について、現時点での科学的知見には限界があるとしたうえで、暫定的な対応案として政策枠組みの再検討・再構築が提案されている。そして、再検討にあたっては、地球科学にたずさわる科学者、技術者、専門家の意見表明の機会を、日本学術会議などと協力しながら十分に保障することが必要とし、さらに、中立で開かれた第三者機関を設置し、広く国民の声を集約して結論を導いていくことが重要としている。
科学的特性マップ提示後の対話活動(2017年9月、資源エネルギー庁資料)
“トランス・サイエンス”という言葉がある。「科学が問うことができるが、科学のみによっては答えることのできない問題」を言う。今回の核のゴミの地層処分や“処理水”、“廃炉計画”はもとより、さらに世界的な視点で、気候変動や遺伝子組み換え、さらには人工頭脳(AI)など、これから近未来に向けてトランス・サイエンスの課題は山積している。
要は、住民・地域社会との“意見交換会”やパブリックコメント聴取が、“国(時の政権)”による「結論ありき」の既定路線の“手続き”であってはならないということだろう。
防災メディアとしての本紙にとっては、南海トラフ巨大地震や首都直下地震など一連の大規模災害予測とそれへの備えもまた、トランス・サイエンスの課題ともなる。
〈2023. 12. 08. by Bosai Plus〉