『不都合な現実の無視』は科学の“自己否定”では…
災害史の時間感覚からは“昨日”起こった原発事故の教訓を忘れてはならない
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●GX=原発トランスフォーメーション?
「依存度の低減、新増設は想定しない」からの大きな政策転換
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2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(M9.0)とそれに伴う津波により、東京電力福島第一原子力発電所で原子力事故が発生した。この地震による災害と原発事故は同年4月1日、閣議で「東日本大震災」と命名される。
東電福島原発事故は、1986年4月のチェルノブイリ原子力発電所事故以来、最も深刻な原子力事故となり、国際原子力事象評価尺度(INES)の7段階レベルで最悪レベルの7(深刻な事故)に引き上げられた。今日までレベル7に分類されている事故は、チェルノブイリ原子力発電所事故と、福島第一原子力発電所事故の2つのみだ。
あれから12年が経過しようという本年3月11日を前に、2月28日、岸田文雄政権は原発の60年超運転に向け、原子力規制委員会が所管する「原子炉等規制法」(炉規法)の改正法案を閣議決定した。原子力基本法と再処理等拠出金法、再生可能エネルギー特措法も合わせた計5本の改正を一括した「束ね法案」として今国会に提出する。
この動きは世界的な脱炭素の加速化や、ロシアのウクライナ侵略に伴うエネルギー不安を前に、岸田政権が電力の安定供給や脱炭素、エネルギー自給向上の観点から原発推進を促す方針に転換することを受けたものだが、「原発回帰」の姿勢が明らかであり、東京電力福島第一原発の事故以来の政府の「依存度の低減、新増設は想定していない」からの大きな政策転換になる。この突然の政策転換はなぜなされたのか――「GX」はグリーントランスフォーメーションを言うが、岸田政権の「GX」は“原発トランスフォーメーション”と揶揄されている。
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●現代科学技術では大きなリスクが伴う
原発回帰は経済産業省所管への回帰? 安全神話への回帰?
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本紙は自然災害の防災がテーマであり、「災害犠牲者ゼロ」をめざす以上、「自然災害の多い」、「地殻変動帯に立地する」が枕詞(まくらことば)のわが国で、今日の科学技術レベルでの原発回帰はあり得ないと考える。いったんさらなる原発事故が起これば、それこそわが国の国力・経済力はもとより、国民の“よき志”を支える国家理念・倫理においても、“沈没”につながる巨大リスクとなることは明らかで、国家運営における危機管理の最悪リスクの醸成をあえて犯すことは許されないと考える。
しかも原発は、福島原発事故でいまも多くの人が避難を強いられ、賠償も不十分、廃炉などの事後処理には見通しも立たず、高レベル放射性廃棄物は、放射能が十分に下がるまでに数万~10万年という想像を絶する期間を要するにもかかわらず、最終処分地が決まっていない。
いずれにしても、原発に頼らない日本社会を着実に実現していくことこそが、合理的かつ現実的な選択だろう。
それでもなぜ、原発回帰か――前述したように政府は、運転期間の規定を、原子力規制委員会が所管する「原子炉等規制法」(炉規法)から経済産業省が所管する「電気事業法」に移管する方針だ。あえて言えば、原発回帰は、原発の経済産業省への回帰であり、「規制の虜」(規制側(原子力規制庁)が国民の安全や利益ではなく、事業者(電力事業者)の利益のために機能すること)ではないのか。
原発回帰賛成は安全神話への回帰だと言わざるを得ない。わずか12年前、災害史の時間感覚から見れば、“昨日”起こったような、しかも人為災害の要素も濃い原発事故の教訓をないがしろにすることはあってはならないと考える。
本年1月30日、関西電力高浜原発4号機(福井県高浜町)が自動停止し、関電は3月に入って、電気系統に異常が起きて制御棒が原子炉内に落下し、停止につながった可能性があるとした。同報道は小さな記事扱いではあったが、その後の報道は見当たらず、異常が起きた原因は明らかではない。また、新潟県の柏崎刈羽原子力発電所で21年に相次いで明らかになったテロ対策上の重大な不備もあった。
科学技術について、話は異なるが、直近の「H3」ロケットの打ち上げ失敗の原因も、十分点検されたうえでの失敗ではなかったのか。このように、現代の科学・工学技術には想定外の異常事態発生の可能性は否定できない(起こり得ないとすることは安全神話にハマっていることではないか)。原発がその例外である根拠はない。
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●経済界は5年前の土木学会 経済被害想定「巨大災害で”最貧国化” 必至」の衝撃を忘れたか
原発より自然災害対策で最貧国化回避を
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原発回帰には大きなリスクが伴うにもかかわらず、回帰賛成派の主張にこうした視点がほとんどないのも、“前のめり”と批判される所以だ。回帰賛成派は前段で述べたように、もっぱら電力安定供給、脱炭素、エネルギー自給向上が論点と見られるが、いずれも代替策はあり得るし、国家的リスクの大きさとは比較にならない。
賛成派は諸外国の原発推進に言及するが、わが国固有の災害リスクにはふれない。またロシアによるウクライナ侵攻でのエネルギーリスクを言うのであれば、有事の原発テロの地政学的リスクにも触れなければならない(国防での反撃能力増強問題も然り)。
5年前の2018年6月、土木学会レジリエンス委員会は「『国難』をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書」を公表、南海トラフ巨大地震や首都直下地震が起これば、「長期経済被害被害により”最貧国化”を否めない、対策に一刻の猶予も許されない」とし、大きな反響を呼んだ。これはもとより自然災害に起因する『国難』だが、原発事故は自然災害、人為要因を問わず、この国土にあえて原発をつくったという”そもそも人災”となる。
防災情報新聞(旧サイト) 2018年6月17日付け:〈 土木学会の長期被害推計 〉 巨大災害で 「国難⇒最貧国化」 の衝撃
本紙提携紙 《Bosai Plus》 は2015年2月1日号(No. 107)で「阪神淡路大震災、東日本大震災で露呈した科学技術の限界…防災・減災研究とトランスサイエンス」と題して、「トランスサイエンス」(科学と政治の間にある、科学に問うことはできるが科学では答えることのできない、政策的な課題のこと)をテーマに記事を起こしている。
そこでは結びとして、「リスクの存在を認めつつ『不都合な真実は無視』は、科学の“自己否定”にほかならない」とした。参考として供したい。
本紙提携紙《Bosai Plus》2015年2月1日号(No. 107/P4):防災・減災研究とトランスサイエンス
〈2023. 03. 15. by Bosai Plus〉