忘れまじ、津波防災。あの前日にも
「津波防災セミナー」が開かれていた
【 東日本大震災の大津波 その前夜の“たられば”を乗り越える… 】
●11月5日、日本では「津波防災の日」、国連・国際的には「世界津波の日」
東日本大震災以降、毎年11月5日は「津波防災の日」 、「世界津波の日」だ。呼称が2つあるのはまぎらわしいが、「津波防災の日」はわが国で法律で制定された呼称で、2011年(平成23)年3月11日発災の東日本大震災(地震名:東北地方太平洋沖地震)での大津波で多くの人命が失われたことから、同年6月、津波から国民の生命を守ることを目的に「津波対策の推進に関する法律」が制定され、そのなかで毎年11月5日を「津波防災の日」とすることが決められた(その後、「世界津波の日」も同法に組み入れられている)。
>>内閣府:「津波防災特設サイト」
11月5日としたのは、1854(嘉永7)年11月5日の安政南海地震による津波が和歌山県を襲った際の「稲むらの火」の逸話にちなんでいる。「稲むらの火」は本紙でも何度か紹介しているが、2018年に文化庁が「日本遺産(Japan Heritage)」に「稲むらの火」の逸話で知られる和歌山県広川町の「『百世の安堵(あんど)』~津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産~」を認定し、それを本紙が紹介しているので参照していただきたい。
>>防災情報新聞 2018年7月7日付け:日本遺産に「稲むらの火」
いっぽう、「世界津波の日」は、2015年12月に国連総会第2委員会において制定された国連記念日(国際デー)である。東日本大震災で甚大な津波被害を受けたわが国で開催された第3回国連防災世界会議(仙台市)、および持続可能な開発のための2030アジェンダのフォローアップとして日本が提唱し、142カ国の共同提案によって諮られたもので、この決議により、津波災害が国際的な共通課題であることを確認し、迅速な避難についての世界的な意識向上をめざすこととなった。具体的には、「早期警報システム」などの被害軽減対策、迅速な避難についての災害教訓の活用、災害への備えと情報共有の重要性の認識、すべての加盟国、組織、個人に対して津波防災意識向上のために「世界津波の日」の啓発・遵守の要請などの活動が行われることになっている。
●“たられば”を乗り越えて、「ステディ」(steady)な津波防災の日常化へ
「揺れたら津波警戒!」は本紙の“習性”にもなっているが、先ごろ(10月19日早朝)、米国アラスカ州沖でマグニチュード(M)7.4(気象庁発表)の地震があり、同州に津波警報が出された。わが国でも防災関係者は「遠地津波」に警戒して身構えただろう。本紙は5年ほど前に、「1700年元禄大津波」という北米震源で発生してわが国にも大きな被害をもたらした遠地津波を災害教訓として取り上げているので、当然、敏感ではあった。
>>防災情報新聞 2015年10月7日付け:米国の巨大地震・津波 遠地津波「1700年みなしご元禄津波」の再来も
その遠地津波からの連想で、「津波防災の日」にからめて以下、余談を紹介する。遠地津波と言えば、わが国では「1960年チリ地震津波」(M9.5)が知られる。その記憶を下敷きとして、「津波防災の日」を制定した「津波対策の推進に関する法律」成立のちょうど1年前の2010年6月、「チリ中部沿岸の地震」(2010年2月27日、M8.8)で遠地津波が発生した。そのとき、わが国で避難指示が出されたにもかかわらず対象地域の住民がほとんど避難しなかった。総務省消防庁の調べでは、実際に避難所などで市町村が確認した人数の割合は、3.8%にとどまっていたのだ。
この検証・対策から、当時野党であった自民党議員から議員立法での「津波対策の推進」に関する法律案が提出された。しかし、与党・民主党が消極的でこの法律案は継続審議になったという経緯があった。
“たられば”の話ではあるが、もし大震災の前年(2010年)の11月5日が「津波の日」に指定されていれば、この日の前後に全国規模で津波避難訓練が行われたはずで、そのおよそ半年後に起こる東日本大震災での津波被害を大幅に軽減できたのではないかと、当時与党の民主党の不作為の責任を問う声が政局がらみもあって吹聴されたのだ。
ひるがえって、東日本大震災発災のまさに前日の2011年3月10日に、気象庁は内閣府(防災担当)、総務省消防庁などの後援とともに、津波防災シンポジウム「津波警報!! そのときあなたは?」を東京都千代田区の気象庁・2階講堂で開催している。
シンポジウムの開催趣旨は、そのほぼ1年前に発生した前出の「チリ中部沿岸の地震」による津波はどのようなものであったのか、当時、気象庁ではどのようにして津波警報などの防災情報を発信したのかなどの話題提供のほか、津波の専門家、防災機関担当者、報道関係者を招いて、的確な避難行動とは何かを考えようというものだった。講演者・パネラーには、今村文彦・東北大学大学教授、佐竹健治・東京大学地震研究所教授、片田敏孝・群馬大学大学院教授(肩書はいずれも当時)といった当代第一線の専門家が登壇した(残念ながら本紙は取材を逸した)。
「チリ中部沿岸の地震」による津波は、2月28日午後から3月1日午前までの間に日本の太平洋沿岸等各地に押し寄せ、高知県須崎港の検潮所で最大1.28mを観測、岩手県陸前高田市両替漁港では、痕跡から最大1.9mの高さの津波が推定された。この災害で人的被害は発生せず、住家被害も宮城県、静岡県で床上浸水6棟・床下浸水51棟と軽微ではあった。しかし、避難指示・勧告は、67万3708世帯に出されて、その対象地域の住民のうち、実際に避難所などで市町村が確認した人数の割合は、前述のように、3.8%にとどまっていた。
こうした背景を受けて、津波警報の利活用や津波からの避難について具体的に考えるきっかけとしてシンポジウムは企画された。さらにその年の2月から3月にかけては、各地の気象台などでも津波防災に関する周知・広報の取組みが展開されていた。ある意味でこのシンポジウムは、津波防災に向けての啓発活動の再始動を画そうという日で、その翌日――東日本大震災が勃発した。
このようにして、大災害は明日にでも起こり得る――東日本大震災10年を前にして迎える2020年の「津波防災の日」、そして「世界津波の日」に、本紙は改めて、そうした“たまたま”の事例を取り上げてみた。
災害はいつでもどこでも起こる。常在戦場、災害教訓の風化は許されない。“たられば”は「後悔」の意味で使われることが多いが、防災ではむしろ“たられば”を「事前防災」と考え、常に最悪を想定し、いま備えを間に合わせようという努力につなげたい。“たられば”を凌駕して維持すべき、本紙の災害の不条理性への向き合い方でもある。
【「津波防災の日」主なイベント 】
●11月5日
▼内閣府(防災担当)2020年度「津波防災の日」スペシャルイベント
オンライン開催(Zoom)
・基調講演:今村文彦・東北大学災害科学国際研究所 所長
・津波防災に取り組む地域の紹介&意見交換
ファシリテーター:矢守克也・京都大学防災研究所 巨大災害研究センター 教授
登壇者:加藤孝明・東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学 国際研究センター 教授、鍵屋 一・跡見学園女子大学観光コミュニティ学部 教授、中尾晃史・内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(普及啓発・連携担当)ほか
・無料、要申込み、先着500名 *締切り:11月3日
*内閣府ではこのほか、津波防災の普及啓発および地方公共団体と連携した地震・津波防災訓練を行う予定。詳細は――
>> TEAM防災ジャパン:全国の開催予定 イベント一覧
●11月1日~11月29日
▼気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館:11月5日世界津波の日記念「稲むらの火」パネル展示会
・気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館と和歌山県の「稲むらの火の館」との連携事業。11月5日「世界津波の日」制定の由来となった濱口梧陵の精神を発信し、次世代に過去の災害の教訓を伝える「稲むらの火」パネル展示会を開催
・場所:宮城県気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館 体験交流ホールB(無料ゾーン)
*「稲むらの火の館」は、2007年4月に和歌山県有田郡広川町に開館。「濱口梧陵記念館」と「津波防災教育センター」の2施設からなる
>>稲むらの火の館
●11月4日
▼和歌山大学:「防災・日本再生シンポジウム 第3回 鉄道津波対策サミット」
・和歌山大学とJR西日本和歌山支社は2013年から実践的津波避難訓練や高校など教育機関と連携、訓練の高度化、および地域振興に資する防災訓練プログラムの開発に共同で取り組む。第3回となる鉄道津波対策サミットは、「災害対応と地域振興を結合する防災イノベーション」をサブテーマに掲げ、「鉄道防災×地域振興」の事例を共有
〈2020. 11. 01. by Bosai Plus〉