災害直接死+災害関連死+
感染症直接死+医療崩壊関連死…
最悪危機が迫る「いのちの選択」、
「社会的格差のなしくずし容認」…対策に歴史の検証・評価
【 危機管理は、オールハザード対象、きめ細かなセイフティネットで 】
●感染症対策を「経世済民」――社会変革のトリガーに
『COVID-19』(新型コロナ感染症)はパンデミック(世界的流行)となり、日本の社会・経済にも多大な影響を及ぼしている。その感染状況、社会・政治の対応は日々更新を続けており、わが国の「緊急事態宣言」の期間も延長される見通しだ(4月30日現在)。
感染症はいわゆる自然災害とは異なるとして、防災分野に関わるメディアや機関・団体でも主要テーマとして追わないところもある。そんななか、国(内閣府防災担当・避難生活担当参事官)は去る4月1日と7日、「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応」について通知を発出し、出水期の災害への備えとして災害避難所と感染症を“ヒモ付け”した。本紙の基本的な立場は、「自然災害+感染症」は「複合災害」であり、防災の大きな課題となる。
そもそも、「災害」とはなにか――辞書には「地震・台風などの自然現象や事故・火事・伝染病などによって受ける思わぬわざわい」と、感染症も明確に災害に含まれているが、わが国の災害対策基本法(以下、「災対法」)は、それとはやや異なる。災対法による災害は、「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象または大規模な火事もしくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害」と定義されている。
感染症はここで言う「異常な自然現象」に含まれるという解釈もできるが、これまで、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対策は実施されているが、災対法のもとで整備された法制の適用は行われていない。
これについて、東日本大震災を契機に被災者支援に当たってきた弁護士有志(発起人:新里宏二・仙台弁護士会)が去る4月16日、新型コロナウイルス対策に「災害対応」を求め、「災害対策基本法等で住民の生命と生活を守る緊急提言」を表明した。
提言を行ったメンバーの一人に、被災者主権など先進的な発想での災害支援活動や災害復興制度の研究で知られる津久井進弁護士(兵庫県弁護士会)がいる。津久井氏は、直近のインタ ビューで、「鴨長明の『方丈記』には、飢饉(ききん)の話とともに疫病の話が出てきます。鎌倉時代から、日本では災害と貧困(飢饉)と疫病はワンセットだった」と語っている。
さらに続けて、「他国の対応を見ると、自然災害への対応を担う危機管理部門が動いている。アメリカでは、テロと自然災害に対応する連邦緊急事態管理局(FEMA)が動いています。一方の日本は? これは厚労省、これは内閣府、これは経産省など、省庁の縦割りの中で連携がうまく取れ ていません。(省庁級の)危機管理部門がないのは本当に大きな問題」とも。
内閣府官僚に、災対法の適用の可能性について非公式に問い合わせたところ、「政令で指定はできる。しかし、もし指定すると、中央防災会議の防災基本計画に感染症対策を含める必要がある。そうなると、都道府県の地域防災計画にも含めないといけないので調整が必要。だからできない」と突き放されたという。
津久井弁護士は、災害弔慰金の支給対象となる災害関連死認定に大きく貢献した弁護士として知られる。「(新型コロナ拡大防止のための)自宅待機は、自然災害で大量に生まれる在宅被災者と同じです。個別対応ができないと孤立死が増える。コロナ関連死も起きる。事業再建から取り残されて生活再建もできなくなる人が出てきます」――その言葉は重い。
●自然災害が社会体制の変革を加速させた側面も
わが国では、伊勢湾台風(これを契機に災対法制定)以来、地震や台風・気象災害、火山噴火などの事象ごとの被害を想定した災害対策(災害別縦割り対策)を優先して整備が進んできた。しかも、その対策の多くは被害が起こってからの後追いの弥縫策の傾向があり、本質的な弱点を擁している。つまり、災害は想定外で起こるという現実に対して対応しにくいのだ。
ひるがえって米国の危機管理は、テロを含むより幅広い事象=オールハザードを対象とし、ときには複合して発生する危機に対して、また、災害弱者を含む多種多様な対象(あえて言えば動物まで)を守ることへと拡大している。同時に、組織間連携はもとより、現代ではIT活用、目標設定、予算振り分けにも総合的・横断的視点が貫いている。
ちなみに、本紙提携紙・防災情報新聞が編集・公開する「日本の災害・防災年表」は、日本人が被災した災害や特異な災害、または政策・法令を変えた災害および防災対策などを、7種(地震・津波・火山噴火、気象災害、広域汚染、火災・戦災・爆発事故、感染症流行・飲食中毒・防疫・災害時医療、人為事故・防犯・その他、災異改元)に分類してまとめている。
地殻変動帯に位置するわが国の長い災害史を見ると、当然のことながら、日本人は多くの災禍に見舞われてきた。ここで本稿の主題を象徴的に例示するものとして、「安政三大地震」を取り上げよう。
安政三大地震とは、1854年安政東海地震(推定M8.4。ペリー来航の1年後)、この安政東海地震の翌日(約32時間後)に安政南海地震(推計M8.4。「稲むらの火」の逸話を生む)、そして1855年安政江戸地震(M6.9。“首都”直下地震)が起こる。その後、大風水害、コレラ・麻疹の流行、アヘンの蔓延が続き、欧米諸国の侵攻、尊王攘夷運動、貿易による物価高騰など動乱の世相を経て、幕末・明治維新へ突き進む。
まさに、自然災害が社会体制の変革を加速させた側面があり、江戸地震から12年後、江戸幕府は倒れた。
『COVID-19』(新型コロナ感染症)との闘いは長期戦となる可能性が高い。かつてスペイン・インフルエンザ(通称「スペイン風邪」)が流行したとき、欧州では第一次世界大戦の真っ最中だった。戦死者数は最大1800万人とされる。スペイン・インフルエンザは、4年を超える戦争の死者の2倍以上の命を、1918年春から翌1919年秋にかけての1年半で奪った。
いま、戦争の代わりに巨大地震や大規模水害など、いつ起こっても不思議はない自然災害と 置き換えてみよう。感染症との複合災害が、「医療崩壊」、「救急搬送のたらい回し」、「社会的弱者の困窮」、「うつ病急増」を加速する…‥まさに、災害直接死+災害関連死+感染症直接死+医療崩壊関連死……の重層・複合被害が洪水のように押し寄せる懸念がある。
本稿は、「最悪複合災害と『経世済民』」をテーマとした。経世済民とは、今日の「経済」の元となった成句で、本来の意味は「世の中をよく治めて人びとを苦しみから救う(公共政策)」にあり、今日の「経済」からは“かけ離れている”と言わざるを得ない。
わが国の感染症対策はいま、歴史的視点からの検証・評価を受けようとしている。
〈2020. 05. 02. by Bosai Plus〉