防災のトランス・サイエンスの受け止めは、
「起こり得る最悪を想定」してリスクに備える
国の地震本部・地震調査委員会は本年1月、静岡県から九州沖合にかけての南海トラフ沿いで、マグニチュード(M)8~9級の巨大地震が20年以内に起こる確率を「60%程度」に高まったと発表、昨年時点では「50~60%」だった。発生確率は、毎年1月1日を基準日として公表される。過去の発生間隔と直近の地震からの経過年数で計算するため、毎年少しずつ高まる。南海トラフ地震の10年以内の発生確率は「30%程度」、30年以内は「70~80%」、50年以内は「90%程度もしくはそれ以上」とそれぞれ据え置いた。
地震本部:今までに公表した活断層及び海溝型地震の長期評価結果一覧
小沢慧一・著『南海トラフ地震の真実』(東京新聞刊)が防災関係者のあいだで話題を呼んでいる。同書は、東京新聞社会部科学班記者の小沢慧一(けいいち)氏が著したノンフィクションで、本年8月24日に東京新聞(中日新聞東京本社)から出版され、10月に日本文学振興会から、文化活動で創造的な業績を挙げた人や団体に贈られる菊池寛賞を受賞した。受賞理由は「『30年以内に70~80%』という南海トラフ地震の発生確率は水増しされており、予算獲得などのために科学がゆがめられる実態を明らかにした」とされている。同書は、政府が発表する南海トラフ地震の発生確率が、科学的な根拠に基づいていないことを暴露する内容となっていて、刺激的だ。
南海トラフでの巨大地震発生確率は今後30年以内に70~80%としていることは周知のとおりで、これが発生すれば大規模広域被害が予想されることから、政府は地震防災対策推進地域や地震津波避難対策特別強化地域を指定して、危機感を高めている。
著者は、この確率の出し方に疑問を持ち、政府の会議の議事録や予測の根拠となる古文書などを調査。その結果、以下のような事実が明らかになったとする。
▼政府が用いた時間予測モデルは、地震の周期性や規則性を前提にしており、地震のランダム性や不確実性を無視し、科学的な根拠に基づいていない。
▼政府が時間予測モデルに入力したデータは、信頼性や精度に疑問がある江戸時代の古文書に基づいている。
▼地震発生確率は、全国各地の地震についても、時間予測モデルによって算出されているが、このモデルは、データが少ない地域ではさらに不適切である。
▼政府の地震予測は、防災予算や研究費の確保などの政治的な都合によって操作されている可能性がある。
▼政府の地震予測は、特定の地域に危機感を与えるいっぽう、他の地域に安全神話を生み、防災意識を低下させる危険がある。
これに対して、当然のことながら地震学者のあいだからは反論や批判も出ている。
▽時間予測モデルは、地震の周期性や規則性を前提としているわけではなく、地震のランダム性や不確実性も考慮している。確率の算出には、統計的な手法や確率的推定などが用いられており、科学的な根拠がある。
▽政府が発表した確率は、時間予測モデルだけでなく、他のモデルや方法も併用して算出されており、複数のアプローチを組み合わせる必要がある。
小沢氏の主張については、研究者たちとの対話や共同研究による相互理解が不可欠との見解が広く共有されているようだ。
いずれにしても、地震発生確率はあくまで確率であって、“予知や予測”ではない。1976年8月の地震予知連絡会で石橋克彦・東京大理学部助手(当時、現神戸大名誉教授)が、巨大地震(東海地震)について「いつ起こっても不思議はない」と指摘してからほぼ50年、南海トラフ巨大地震での被害想定公表からほぼ10年、大規模災害対策は一歩ずつながらも着実に前進している。トランス・サイエンスの受け止めとして、防災は、「起こり得る最悪を想定」してリスクに備えることに、小沢氏も同意するのではないか。
東京新聞:第71回菊池寛賞 小沢慧一・著『南海トラフ地震の真実』
〈2023. 12. 11. by Bosai Plus〉