災害教訓の“変化球”(バックドア)
一高生、流言飛語、『福田村事件』…
正攻法での「防災・減災啓発」企画ではなく、
“バックドア教訓”でストライクを狙う関東大震災100年
いきなり余談から入るのは恐縮だが、本記事大見出しにある「バックドアの学び」の“バックドア”を解説しておく。ここで言うバックドアとは、直訳すれば「裏口」または「勝手口」のこと。車の話ではなく、近年のIT分野のセキュリティ用語「不正侵入するための入口」でもない。むしろマイナー(マニアック)な野球用語で「打者の外角側のボールゾーンからストライクゾーンに変化する球を投げてストライクを取る投球」を意味する。要するに、ボールと思わせてストライクになるボールである。
本紙は本年8月2日付け記事(下記リンク参照)「関東大地震の揺れを“読んで”追体験する」で、「本年は関東大震災から100年の年で、発災日である9月1日周辺は言うに及ばず、1年を通じて防災啓発イベントが盛りだくさんだ。そこで本紙が今号で試みるのは、やや異色の切り口――発災当時の著名人(文人、知識人、有名人、政治家など)による記録に残る「揺れ体験記」の数例だ…(中略)…当時の著名人による地震という圧倒的な自然の不条理に遭遇した生身の人間の恐怖体験を取り上げ」た。つまり、正攻法での「防災・減災啓発」企画ではなく、“バックドア”でストライクを狙うものだった。
本記事はその第2弾ということになる。
WEB防災情報新聞(230802):関東大地震の揺れを“読んで”追体験する
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●『一高生が見た関東大震災 100年目に読む現代語版 大震の日』
若き精鋭125人が書いた絶版震災手記を100年の時を超えて復刻
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株式会社西日本出版社から2冊の関東大震災関連本が、8月17日に発売される。『一高生が見た関東大震災 100年目に読む現代語版 大震の日』と『写真集 関東大震災 被害→避難→救援→慰霊→復興』の2冊だ。
同社によれば、本書は歴史書ではなく、関東大震災という首都圏で10万人もの犠牲者を出した未曾有の震災から100年のいま、現代人が忘れてしまった都市型震災のリアルな教訓を、手記と写真から改めて学び直し、来たるべき災害に備えるための実用書だという。
▼『一高生が見た関東大震災 100年目に読む 現代語版 大震の日』
関東大震災から1年後の1924年8月20日、『大震の日』という本が刊行された。東京帝大(現在の東京大学)に進もうとする超エリートの若者たちが体験した関東大震災をまとめた手記集で、学校や寮があった本郷周辺、神田や浅草、深川などの東京都内、横浜、鎌倉や京都、静岡、朝鮮半島、中国など、震災時にいた場所で一高生125人と教授5人が見て、感じた関東大震災――立っていられないほどの激震のなかで、どんなことが起こったのか。そして揺れの直後に襲ってきた火災と街の混乱、肉親の安否がわからない不安な気持ちなどが優れた筆致でまとめられていた。
序文は、「あの地震の作文を集めて本にしておいたら、後世のために非常に参考になろう、千人ほどの青年がいろいろな場所であの災難に遭い、あるいは聞いたのをそのままに書いたのだから」と。しかし出版社はその後廃業し『大震の日』は絶版。全国の図書館の蔵書になっているのはわかっているだけで20数冊のみ。そんな貴重な手記を、100年の時を経て復刻したのが本書だ。
執筆者は、後の総理大臣をはじめ事務次官に登りつめた官僚、文理各方面の学者、経営者、軍人など多士済々。精鋭たちの壮絶な経験が詰まった500ページとなっている。100年前の『大震の日』は、質の悪いわら半紙に印刷され、文章には旧字体の漢字、旧仮名遣いが頻出し読みやすいものではないが、ただそれを現代文に訳してしまうと、若者たちの感性に満ちた、洗練された表現が失われてしまう。そこで復刻版は、当時の描写をありのままに伝えるため、原文を尊重しつつ、古い漢字を新しくし、仮名遣いを現代風に改めて読みやすくしたという。
・『一高生が見た関東大震災 100年目に読む現代語版 大震の日』
・著者:第一高等学校の生徒たち
・編著:木戸崇之、竹田亮子
・本体価格:2400円(消費税別)
▼『写真集 関東大震災 被害→避難→救援→慰霊→復興』
関東大震災で最も多い約3万8000人の犠牲者を出した「被服廠跡」は現在、都立横網町公園で、その中に東京都慰霊堂と復興記念館が建っている。その管理・運営を行う公益財団法人東京都慰霊協会は、関東大震災の写真約5000枚を所蔵していて、関東大震災100年事業の一環で、それらの写真の資料整理を行った。その成果を踏まえて、被害から復興までのプロセスをまとめたのが本書だ。
・編著:小薗崇明 東京都慰霊協会
・本体価格:2000円(消費税別)
同書(2冊)の発売を記念した編者による店頭トークライブも、東京会場(9月2日、ジュンク堂書店・池袋本店/入場料:2000円(消費税込み))、神戸会場(9月10日、ジュンク堂書店・三宮店/無料)で実施予定(いずれも要予約)。
西日本出版社:『一高生が見た関東大震災 100年目に読む現代語版 大震の日』
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●繰り返さないためにも、目をそむけてはいけない、
劇映画『福田村事件』全国公開 流言飛語の“狂気”
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本紙は前述の記事「関東大地震の揺れを“読んで”追体験する」で、あえて関東大震災における「流言飛語」、なかでも「朝鮮人虐殺」については触れなかった。この国内外における“災害史上最悪”ともされる事件を、本紙はこれまで何度も取り上げてきたからだ(下記リンクは直近号での関連記事)。関東大震災から100年の本年、東京都知事はこの事案について改めて見解を問われることになろうが、その結果を見て、本紙としても見解を新たにしたいと思う。
WEB防災情報新聞(230106):関東大震災100年 特別構成 4「災害史上最悪の教訓」
この件に関連して本紙記事「“読んで”追体験する」で収集した二人の著名人の“見解”を紹介しておこう。かの寺田寅彦と映画監督の黒澤 明だ。
寺田寅彦は簡明に、「井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえてくる。こんな場末の町へまでも荒らして歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでもじぶんにはその話は信ぜられなかった」。
黒澤 明は、「恐怖すべきは、恐怖にかられた人間の、常軌を逸した行動である。下町の火事の火が消え、どの家にも手持ちの蝋燭がなくなり、夜が文字通りの闇の世界になると、その闇に脅えた人達は、恐ろしいデマゴーグ俘虜(とりこ)になり、まさに暗闇の鉄砲、向う見ずな行動に出る。経験の無い人には、人間にとって真の闇というものが、どれほど恐ろしいものか、想像もつくまいが、その恐怖は人間の正気を奪う。どっちを見ても何も見えない頼りなさは、人間を心の底からうろたえさせるのだ。文字通り、疑心暗鬼を生ずる状態にさせるのだ。関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は、この闇に脅えた人間を巧みに利用したデマゴーグの仕業である。私は、髭を生やした男が、あっちだ、いやこっちだと指差して走る後を、大人の集団が血相を変えて、雪崩のように右往左往するのをこの目で見た」。
折しも、関東大震災後、千葉県福田村(現野田市)で行商団が殺害された事件を題材にした劇映画『福田村事件』が、震災100年となる9月1日に全国公開される。
関東大地震が発生した5日後の9月6日、千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む100人以上の村人たちにより、利根川沿いで香川から訪れた薬売りの行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人が殺された。行商団は、讃岐弁で話していたことで朝鮮人と疑われ殺害されたという。逮捕されたのは自警団員8人。逮捕者は実刑になったものの、大正天皇の死去に関連する恩赦ですぐに釈放された……これが100年の間、歴史の闇に葬られていた『福田村事件』だ。
70年代末に県内で真相究明の取組みが始まり、震災80年の2003年には野田市の現場近くに「追悼慰霊碑」が建てられた。そのころから映画化の構想が立ち上がり、20年を経ていま公開される。千葉県庁で会見を開いた森 達也監督は、集団や組織が持つ同調圧力や暴走のリスクを指摘。「福田村と同様の事件は歴史上、国内外で起きてきた」と語っている。
こうした流言飛語の犠牲者の慰霊と史実を伝える活動は、隠蔽されてはならないもっとも重要な災害教訓のひとつであるはずだ。
〈2023. 08. 16. by Bosai Plus〉
編集部注:本記事の一部修正について
本紙は2023年8月16日付けで本記事(修正前)を掲載しました。その冒頭部分で、日本赤十字社東京都支部からの情報提供により「関東大震災100年プロジェクト~生成AIを活用した100年前の100人の新証言」を紹介しました。
ところが記事掲載後、同支部より同8月24日付けで「関東大震災100年プロジェクトの実施取りやめに関するお知らせ」が公表され(下記リンク参照)、本紙に対しても「記事削除要請」がありました。本紙としては異例ではありますが、同支部要請に応え、記事内の同プロジェクト関連記事のみを削除し、記事内容を更新しました。
本紙として、同支部にはさらに削除要請について背景説明を求める所存です。
日本赤十字社東京都支部:「関東大震災100年プロジェクトの実施取りやめに関するお知らせ」
〈2023. 08. 25. by Bosai Plus〉