[ インタビュー ]
「福祉と防災の連携」〜立木茂雄氏に聞く
福祉防災へスクラムを組む ――個別支援計画(災害時ケアプラン)、全国展開へ
立木 茂雄(たつき しげお)
同志社大学社会学部教授
「福祉専門職と共に進める『誰一人取り残さない防災』」の
全国展開のための基盤技術の開発」研究代表
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●なぜ要援護者の被害率が高いのか 意外な要因が……
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Q:「福祉専門職と進める『誰一人取り残さない防災』〜個別避難計画」についてご説明いただけますか。
立木:私が、災害が起こった時にどんな人に被害が集中するかを研究テーマに現地調査などを始めたのは、2004年7月の新潟・福島豪雨水害からです。このときも被害は要援護者に集中しました。これを教訓に、2005年3月に最初の「災害時要援護者避難支援ガイドライン」(この策定に私も間接的に関わりました)が内閣府から公開されて以来十数年、災害が起こるたびに被害が要援護者に集中し、繰り返し対策が練られてきました。
東日本大震災でも結果は同じで、2013年8月には災害対策基本法を改正して名簿の作成が義務化されました。
それでも同様の被害が頻発する事態が続き、私は根本的な問題の見立てが間違っていたことを痛感するようになりました。なぜ高齢者や障がい者が被害に遭うのか、それまでの見立ては、地域コミュニティの力が弱まっているからということで、地域の共助の力を高めようと、自治会、町内会に支援が必要な人たちの名簿を渡して対策を進めてくださいというものでした。
しかし、個別避難計画はこれまでに1割前後しかつくられなかった。私は、地域コミュニティのつながりを高めることだけではこの問題は解決しない、と確信するようになりました。
そのきっかけになったのは東日本大震災です。警察庁の統計では、10人以上の死者が出た東北3県・31市町村で、津波による直接死で亡くなった住民は100人に1人ぐらいの割合でした。いっぽう、報道各社が自治体に直接問い合わせて、障害者手帳を持つ人がどれくらい亡くなったかという独自の取材をしていた。NHK・Eテレの取材によると、31の市町村で障害者手帳を持つ人の死亡率は約2倍。つまり、全体では100人に1人の死亡率なのに、障がい者だと100人に2人ぐらいになっていました。ただ、それだけではなぜ被害が障がい者や高齢者に集中したかという理由が見えてこなかったのです。この疑問を解く鍵は、3県での平時の障がい者の暮らす環境の違いにあったのです。
東北3県のうち福島では、死亡率が全体で0.5%であるのに対して、障害者手帳を持つ人の死亡率は0.4%で、むしろ障害者手帳を持つ人のほうが亡くなっていません。岩手県の場合は、全体の死亡率に対して障害者死亡率は1.2倍程度。しかし、宮城県では全体の死亡率が1.1%であるのに対して、障害者手帳を持つ人は2.6%、つまり宮城県でだけ、障がい者が亡くなる率が2倍以上になっていました。
その背景には2つの理由があると考えています。
1つは、逆説的な言い方ですが、宮城県が福祉が一番進んでいました。重度の障がいを持つ人が、施設ではなくて在宅で暮らせる仕組みづくりがもっとも進んでいたのが宮城県なのです。それに対して福島県や岩手県は、重度の身体障がい者の施設入所率が高く、宮城県をはるかにしのぐ数字でした。そういった施設は津波からは比較的安全な立地で、津波被害からまぬがれたという例が多かったのです。
いっぽう宮城県では、在宅で平時はさまざまな福祉サービスを、人によっては24時間福祉サービスを利用して介助してもらえるといったユニバーサルに使えるという高度な福祉が進んでいました。ところが、そういう進んだ福祉は平時の環境で最適化されていたものの、非常時では地域の自治会や町内会に支援者リストを渡して、何とかしてください、と対策が分断されていました。
ここで問題なのは、平時の福祉制度では在宅で暮らせる仕組みが計画されてサービス調整もされながら、災害リスクにさらされたときの方策がなかったことです。それは福祉の仕事ではない、防災部署の担当だという縦割りの仕組みで制度が運用されてきたということです。結果的に、平時の福祉と、いざというときの防災危機管理の制度の狭間で、障がいのある人、在宅の高齢者が実は取り残されて亡くなっていました。制度の縦割りの仕組み、これがその根本的な原因、一つの科学的な根拠だというふうに考えるに至りました。
それからもう一つ、福祉施設は地価の安いところに建つのが一般的です。地価が安いというのは自然災害のリスクもあるところが多くなります。東北3県で見ると、福島県では内陸の地価が安いので内陸部に施設が建てられ、岩手県ではリアス地形で平場の低いところは地価が高いので高台や山腹などに建てられ、結果的に津波からは安全でした。しかし宮城県は、繰り返し津波被害を受けて沿岸部の海に面した地区の地価が安いので、結果的に施設が沿岸部に集中して建てられ、被害を受けました。
災害リスクのあるところに施設を建てる、建たせてしまう施策、あるいは危険箇所に建つ施設を安全な場所に移転誘導するような施策がこれまでとられてこなかったのです。こういったことにも根本原因があると考えています。
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●「見立て」が違っていた 福祉と防災の”越境”が解決のカギ
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Q:プロジェクトの全国展開で、基盤技術という言葉を使われてますが、具体的に進めるためのテクニカルなポイントとは。
立木:「福祉専門職と共に進める『誰一人取り残さない防災』」のコンセプトは、主として最初の問題、平時の福祉といざというときの防災危機管理を連結させる、分断を乗り越える、そういう仕組みをつくろうという提案です。
具体的には、そもそもいざというときに自身で避難移動する判断が難しい人や、自力での物理的な移動が困難な人が、なぜ平時に在宅で暮らせるのでしょうか。介護保険サービスや障害者総合支援法のサービスを活用するために、一人ひとりにケアマネジャーや相談支援専門員と呼ばれる福祉専門職がついていて、ケアプランをつくりサービス調整をしています。それならば、この専門職の人たちが防災対策をつくるときに、専門職の仕事の一環として関わってもらえれば良いではないかと考え、それを「災害時ケアプラン」と名づけて、その実装を大分県別府市で2016年4月から始めました。
さらに、これはいけるぞという手応えを感じて、2年後の2018年4月からは兵庫県でモデル事業を横展開し、その2年後の2020年からは、兵庫県の一般事業として全47市町村内を対象に、福祉専門職が災害時ケアプランとして個別避難計画に関わる事業を進めてきました。これを研究のシーズとして、さらに全国展開を図るプロジェクトが、2019年度に科学技術振興機構RISTEX(社会技術研究開発センター)が公募を開始した「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム」に採択されたのです。
この取り組みは平たく言うと、福祉専門職の人に防災マインドを持ってもらうということです。ケアマネジャーは国家資格ですが、国家試験で防災については一問も出題されないし、ましてや防災士資格を併せて取ってもろおうという気運もありません。そこで、福祉専門職の人たちに災害時の個別避難計画づくりに必須な知識をはじめ、災害をどうとらえるか、対策をどうするか、さらには具体的な個別避難計画づくりに使える標準的なツール活用法など、基本的な教育・研修システムを標準化して提供し、これまでに2000名以上の専門職の人に研修を受けてもらうといった仕組みを基盤的技術として実装してきました。
Q:ケアマネジャーなど専門職の参画に向けて、個別避難計画づくりに報酬を支払うことになったようですね。福祉専門職の人に防災マインドを持ってもらうには……
立木:報酬の支払いは標準的なモデルとして別府市から始まっています。昨年の災害対策基本法改正に合わせて制度が整い、地方交付税措置で全自治体で使える予算として、1件当たり7000円の報酬を支払う措置が組まれました。専門職研修はこれからですが、基盤ができている状況です。
別府市から始めて兵庫県で広げてきた福祉と防災の連携ですが、兵庫県の41市町では、この取組みがうまくいくところと、そうでないところが明快に分かれました。うまく取り組めているところは4分の1弱で、なにが違うかというと、私たちの見立ては、防災部局と福祉部局がバラバラに取り組んでいたらダメ、防災と福祉を連結させる必要があるということです。その連結はどうしたら可能かと言えば、防災部署の人は福祉の部署に、福祉の人は防災に”越境”して、いろいろな必要性を情報共有する、そういう越境行為ができている、そういう担当者がいる自治体では前に進みます。しかし、縦割りでそういう交流がないと前に進んでいない、これは実証的なデータをもとにした結論で、2年にわたって41市町の事業評価を行い、そこから見えてきたことです。
このように異なった庁内の部署、あるいは庁外の福祉専門事業者、そして自治会・町内会、自主防災組織、そういった人たちが”越境”して関係性をつくって、みんなでタッグを組んで取り組む体制づくりができるかどうかが肝なのです。今回のプロジェクトの研究成果として、そのための基盤となるものを「インクルージョン・マネージャー」と呼び、インクルージョン・マネージャー研修も昨年度から試行的に始めていて、徐々に受講生を増やしていこうと考えています。
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●個別避難計画と地区防災計画、両方の”いいとこ取り”を
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Q:民間資格である防災士は現在全国で22万人(累計)に拡大しています。その有志の集まりであるNPO日本防災士会(会員約1万人)では主事業として地区防災計画策定への参画を掲げています。福祉防災と地区防災計画との関係はいかがでしょう。
立木:昨年5月の災害対策基本法の改正は個別避難計画について、とりわけ支援が必要な人に関しては行政主導で進めるとし、いま全国34の市区町村でモデル事業の横展開がなされています。その後1年間の取組みの最終報告書がそろそろ上がってきますが、それを見ると、岡山市などは地区防災計画と個別避難計画作成のモデル地域を重ねることによって、両方の”いいとこ取り”ができることが見えてきています。
ただし、2つのモデル事業を同時に1つの地区でやるには、さらに付加的な行政コスト、人員コストがかかるということも同時に見えてきているので、そこをどううまく簡略化できるかがカギだと思います。うまくいっているモデル自治体のなかには、地区防災計画が面的な取組みなのに対して、この人はどうしても周りからの支援が必要、できるだけ早い個別避難が必要という人については、2重でもいいので地域のなかで計画をつくっておくと前に進めるという考え方が、グッドプラクティス(優れた取組み)として評価が高まっています。
Q:「自分で作る安心防災帳」(*注)、あるいは「エコマップ」(*注)はいわゆるツールということになりますか?
*安心防災帳=国立障害者リハビリテーションセンター研究所が障がい者・高齢者のために災害時に必要となる備品などを整理するためのチェックツールとして開発したもの
*エコマップ=社会福祉援助において利用者と家族や各種社会資源との関係を地図のようにシステム的・図式的に書き表したもの
立木:「自分で作る安心防災帳」も「エコマップ」も防災に使えるように応用したものです。福祉専門職であれば誰でも使えるツールで、専門職研修時に使い方を学びます。福祉専門職なら1日の研修で普通に使えるようになります。
国交省が主導する「マイタイムライン」は、広い意味で個別避難計画です。まず当事者家族のタイムラインとして、警戒レベルのどの段階のスイッチが入ったら何をするのかをつくります。そこで、当事者家族が警戒レベル1ではこんなことをするという欄の横・2列目(右列)には地域タイムラインの列をつくっておいて、この人(避難行動要支援者)を支援するための行動を書き込む。例えば区長さんや福祉専門職の人は警戒レベル1のときは何をする、警戒レベル2になった時に当事者家族がやることはこれで、それに応じて区長や専門職がやることはこれ、というふうに地域のタイムラインと当事者のタイムラインを並行させたものをつくっておくのです。その使いかたも、専門職などとすり合わせしたものにして、それを個別避難計画として位置づける、これも一つの基盤技術です。
Q:実際に災害が起こったときに関係者が集まれるか、その連絡・通信など、BCP(業務継続計画)も関連しますか?
立木:BCPは、福祉の側から防災への”越境”で、2021年の介護報酬改定で3年以内に福祉のサービス事業者にもBCP策定が義務化されました。例えば、居宅介護支援の事業者にとってBCPとは、介護サービスを止めないようにすることです。専門職も駆けつけられない非常時のために災害時ケアプランをつくっておいて、あらかじめ、お隣近所、つまりインフォーマルな支援につなぐための準備をしておくことが、まさにBCPです。サービスケアプランの研修でつくった道筋がそのままBCPにもなります。
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●福祉と防災の連携――防災士も”スクラム”に加わろう
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Q:最後に改めて「福祉と防災の連携」と、防災士との協働への期待をお聞かせください。
立木:冒頭で触れましたが、近年、自然災害の人的被害が災害時要援護者に集中している根本原因とその課題解決が遅れている要因は、決して地域の力が弱くなったり見放されたからではなく、逆に福祉の制度が整って在宅で暮らす高齢者が増えたからです。介護保険制度が始まった2000年時点で1カ月約130万人弱の高齢者が居宅サービスを使っていましたが、いまではその約3.5倍、460万人もの高齢者が居宅サービス使っている。その背景には日本が超高齢社会に突入したことがあります。非常に多くの高齢者が日本社会に存在し、それに対応するために介護保険制度を始めとした社会制度を整えました。しかしそれは平時の体制で、災害時の体制とは連動していないのです。ですから、福祉と防災を連結することの必要性ははっきり見えているのです。
防災士への期待については、私は滋賀県の防災士養成講座や防災危機管理の講師を務め、兵庫・福井県・富山県・石川県などでも講師をしてきて、地域の非常に熱心な防災士とお会いしています。地域レベルで防災力向上に貢献されていることに本当に頭が下がる思いです。別府市で最初に実施した「地域調整会議」(個別避難計画作成に関わる関係者の集まり。「ケース会議」とも言われる)にも、区長や民生委員、そして防災士にも当初から関わっていただいています。地域防災の立場から的確なアドバイスをいただく、それをみんなですり合わせて災害時ケアプランとして個別避難計画をつくる際の有力なパートナーですので、ぜひ今後も地域調整会議に加わってほしいと思います。福祉専門職、地域住民、防災士、地域の事業者がパートナーとなって、タッグチームとしてスクラムを組んでほしいのです。
防災と福祉の連携と言いますが、「連携」は結果であり、連携するための手段・方法を示さなければなりません。これまでの福祉と防災の連携の取組みは、連携が大切だということを言うだけで、どうすれば連携が可能なのかは、実は一言も言っていません。連携を起こすもとになる行動が”越境”で、”越境”の結果として連携が起こるという構造なのです。
地域のすべての関係者がこの問題の解決にスクラムを組もう、ということをぜひ記事で伝えてほしいのです。私は「 恊働」という言葉を好みますが、「恊」の字に力が3つある意味は、まず当事者の力、そして防災士を含め地域力、さらに行政や専門職という公的な組織の力だと思っています。そして「恊」の字にあえて立心偏を使っています。立心偏は「心」(マインド)の略です。つまり3つの力を束ねるものが防災マインドです。ラグビーでみんながスクラムを組んで泥をかぶって前に進むように、防災マインドでスクラムを組む ――これが、『誰一人取り残さない防災』を実現する3つの力と1つのマインドだと確信しています。
*編集部注:「障がい」の表記について:「障害」の「害」に負のイメージがあるという取材先の見解から「障がい(者)」と表記。なお、国・政府関係の文言表記では常用漢字である「障害(者)」を使用。本紙も一般記事では「障害(者)」としています。