『あなたの避難がみんなの命を救う』――
人は周囲の人の避難行動に影響を受けて、避難行動をとる
●「ひじで軽く突いて……ねぇ、避難所へ逃げようよ」
「ナッジ(nudge)」をご存知だろうか。Nudgeは直訳すると「ひじで軽く突く」という意味で、行動経済学や行動科学分野で、人びとが自発的に望ましい行動を選択するように促す仕掛けや手法、つまり「用語・表現などを工夫することで人に行動のきっかけを与える方法」を言う。これはある意味で本紙もたびたび言及している”インフォグラフィック”(情報、データ、知識を視覚的に表現したもの)の言語版のようなもので、ものごとを直観的にどう感じ・受けとめるかという主観的な比較評価によって理解・選択を促す。
こういう手法は欧米が先進的で、「ナッジ」は2017年ノーベル経済学賞を受賞した米国のリチャード・セイラー教授が生み出した言葉。インフォグラフィックの活用も欧米では盛んで、防災関連では国連防災やFEMAなどでのデータが洗練されたインフォグラフィックによってメッセージ化され、防災啓発に利用されている。余談だが、わが国では国の災害対策の説明図版で用いるマンガイラストなどは洗練さにやや欠けるので工夫をしてもらいたいところ。
ちなみにわが国での「ナッジ」の最近の活用例としては(賛否は別にして)、小泉進次郎・環境大臣の「気候変動への取組みはセクシーに」があげられそうだ(ちなみに彼は「ナッジ」について十分知識を持っていて、自身のブログでこれにふれている)。
●「ナッジ」活用、広島県の「避難行動を促進するメッセージ」
脱線したが、「ナッジ」は近年、公共政策への応用でも注目が高まっているという。例えば、消費税率が8%から10%に上がった際に、小売業が「2%オフセール」ではなく「消費税還元セール」とするセールを行うのは、増税分の損失を回避したい消費者心理を利用したナッジ的な販売促進策。また食品ロス問題対策として、日持ちのする食品の賞味期限表示を「年月日」から「年月」にすることで、消費者の鮮度に対する過度な要求意識を変えることを促すことになる。
そうした一種の言葉による心理操作は、反社会・反倫理の危険性も持ち合わせるが、そうした点にも十分注意したうえで、「防災分野」でも活用できないだろうか――というのが、広島県の「災害時の避難行動を促進するメッセージ」だ。
広島県は2018年西日本豪雨で、従来からの「災害から命を守りましょう」などの呼びかけを行ったが、結果的には災害関連死を含め都道府県別で最多の130人以上の犠牲者を出した。このとき避難勧告の対象となった地域で避難所に逃げた人の割合が広島県で1%未満にとどまるなど、県民の避難行動の遅れが大きな課題として浮き彫りになった。
広島県はこの課題解決に向けて、経済学者やメディアなどの協力を得て「県民の避難行動等 研究チーム」を立ち上げ、「ナッジ」手法の活用などの意見を踏まえて「どのようなメッセージが県民の避難行動につながるのか」を探るためのアンケート調査を実施。そのうえで、避難のきっかけとなるようなメッセージ『あなたの避難がみんなの命を救う』をつくり、2019年6月から風水害時の住民への避難呼びかけに取り入れることにした。
県はこの呼びかけがその後の避難勧告発令などでどの程度、避難につながったのか、その効果を県と専門家が検証し、2020年夏までに結果を公表するとしている。
>>広島県:災害時の避難行動を促進するメッセージ(案)
>>⼤⽵⽂雄:防災におけるナッジの活⽤
〈2020. 02. 20. by Bosai Plus〉