寺田寅彦の箴言、再び。
――文明が進むほど災害は劇烈
【 想定していてもなお起こる災害を、どうする? 】
●台風15号 関東上陸時の勢力では過去最強クラス
台風15号の余波は、いまなお続く―― 台風15号は2019年9月5日に南鳥島近海で発生、徐々に発達しながら8日には神津島付近で中心気圧955hPa・最大風速45m/sの「非常に強い」勢力となった。台風はさらに三浦半島に接近、9日3時前に三浦半島を通過し、その中心は東京湾に抜けて北東に進み、9日5時前には千葉市付近に上陸した。
台風が「非常に強い」勢力を保ったまま関東の至近距離まで接近するのは非常に珍しく、千葉市付近に上陸するときの勢力は中心気圧960hPa・最大風速40m/sの「強い」勢力で、千葉で最大瞬間風速57.5m/sの観測史上1位を記録するなど、関東上陸時の勢力では過去最強クラスとなった。その後、茨城県水戸市付近で海上に出た台風は、福島県や宮城県を暴風・強風域に巻き込みながら東進し、太平洋上で温帯低気圧となった。
この台風による人的被害は、東京都で死者1名が出たほか、重軽傷者は首都圏および静岡県で少なくとも100名以上(9月13日14時現在、総務省消防庁調べ)。暴風で千葉県市原市ではゴルフ練習場のポールが倒壊して民家を直撃したほか、君津市では鉄塔2基が倒壊するなど、各地で倒木や建物損壊などの被害がみられ、また、暴風による電柱の倒壊や倒木による送電線の損壊で、とくに千葉県房総半島を中心として大規模な停電や断水が発生し、14日現在も15万軒で停電・断水が続いており、懸命の復旧作業が続いている状況だ。
●鉄道運行再開 帰宅困難者ならぬ“出社困難者”が大量に滞留
いっぽう鉄道では、台風接近にともない、東海道新幹線やJR在来線、一部私鉄が9月8日夜から順次運転を取りやめ、9日始発からは首都圏すべての在来線や多くの私鉄で計画運休が実施された。これは昨年9月の台風21号や24号の襲来に備えて鉄道事業者各社が実施した「計画運休」について、本年7月、利用者への情報提供のあり方を中心に改めてとりまとめを行っており、それに沿ったものとされ、運休計画自体は比較的スムーズに実施された。
>>国土交通省:鉄道の計画運休のあり方について最終とりまとめ
しかし、台風一過の翌9日、一部の路線では倒木や飛来物などの影響で運行の安全確認に手間取り、運行再開が予定より大幅に遅れ、休み明け月曜日でもあったことから、企業や学校の対応準備の遅れも重なって通勤や通学に大きな影響が出た。
主要駅においては帰宅困難者ならぬ“出社困難者”が大量に滞留し、SNSなどでは「ホワイト企業『休んでいいよ』、ブラック企業『出勤しろよ』、グレー企業『連絡なし』、クソ企業『各自で判断をお願いします』」などのツイートが飛び交った。また、空の便では、8~9日の2日間で300便以上が欠航、高速道路では首都高速道路や東京湾アクアラインなど、首都圏各地で通行止めが相次いだ。いっぽう成田空港では、都心部につながる交通機関が一斉に運休したいっぽう到着便客が滞留、10日にかけて1万3000人以上が空港施設内で夜を明かす事態となった。
先述の国土交通省「鉄道の計画運休のあり方について最終とりまとめ」は、翌日以降の運転再開見込みについての利用者への情報提供について「随時更新」するものとして、「台風通過後、風雨が落ち着いた段階で、線路等の安全点検を係員が実施する。その結果、復旧に時間を要する倒木・土砂流出入等を確認した場合には列車の運転が困難となる見込み。最新の気象情報と列車運行情報に注意」するように促している。
当然のことながら「安全の確認のとれた線区から順次運転再開を予定」が鉄道事業者側の方針であることは言うまでもなく、利用者側の”忖度(そんたく)力”も問われるところだろう。
●停電――二次災害、複合災害としての「熱中症」
台風の二次災害として停電被害がさらに三次災害、四次災害を生んでいる――
千葉県のまとめによれば、台風15号は厳しい暑さももたらし、県が把握した熱中症とみられる症状の死者は3人(14日現在)となった。停電で冷房が使えなかったためとみられ、まさに複合・三次災害となる。とくに老人介護施設での停電は深刻となっている。また、「在宅避難者」も、暑さ対策は“逃げ場”がない危険な状況となっていることが考えられる。
通信分野では、停電でスマホ、携帯電話が使えないほか、スマホの充電ができてもつながらない、固定電話もつながらないという事態も発生。非常用電源の枯渇で複数の電話局が停電し、通信が途絶するケースが相次いだからだという。
情報システムにも障害が出た。一部金融機関でATMで入出金や残高照会、カードローン取引ができないというネットワーク障害が発生した。
停電による断水も深刻で、長期化の様相を呈している。東京電力の復旧への見通しは次つぎ と後ろ倒しになり、被災地からは批判も出ている。広範囲での電線や電柱の損壊、倒木が復旧作業を妨げている面があるが、老朽設備が被害を拡大させた可能性を指摘する声もあがっている。
こうした事態は果たして想定外だったのか―― わが国は災害が起こるたびに後追い的に対策を講じてきた。災害は本来想定できないことから起こるものではあるが、想定していてもなお起こる災害を、どうする?
●「送電線は風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断する」
本紙はこれまで何度も寺田寅彦の箴言(しんげん)を引用してきたが、ここに再び引用を試みたい。言うまでもないが、これは85年前の一地球物理学者の言である。曰く、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈(げきれつ)の度を増す」。さらに――
「国中に電線やパイプ、交通網が張り巡らされたありさまは「高等動物の神経や血管と同様である。その1か所が故障すれば影響は全体に波及するのだ」。「二十世紀の現代では日本全体が一つの高等な有機体である。各種の動力を運ぶ電線やパイプが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及する」。
「一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するのである。市民の栄養を供給する水道はちょっとした地震で断絶するのである……文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう」
>>寺田寅彦:『天災と国防』(1934年)(青空文庫)
〈2019. 09. 15. by Bosai Plus〉