17万防災士のシンクタンク
防災士の”気づき”を社会実装する
【 防災士制度のさらなる発展に寄与する横断的な研究所 】
● 設立発起人・理事は 防災士推進にかかわる分野横断的・多彩な顔ぶれ
「令和防災研究所」(東京都千代田区平河町2-7-4 砂防会館別館7階。青山 佾所長)が去る5月1日付けで設立され、同20日、東京都千代田区の主婦会館プラザエフで設立記者会見およびレセプションが開催された。
令和防災研究所定款によれば、研究所の事業は「防災に関する研究」、「防災に関する情報の収集と提供」、「防災に関する啓発」、「防災士制度及び防災士活動の強化に資する活動」の4つが柱。
所長には青山 佾(やすし)・明治大学名誉教授(元東京都副知事)が就任。理事には、加藤孝明・東京大学教授、玉田太郎・防災士研修センター代表取締役、中林啓修・人と防災未来センター主任研究員、成澤廣修(なりさわ・ひろのぶ)・文京区長、橋本 茂・日本防災士機構事務総長、早坂義弘・東京都議会議員、廣井 悠(ゆう)・東京大学准教授、玉田三郎・日本防災士機構専務理事の8名が就いた。各氏のプロフィールは、災害・防災研究者から地方議会議員、行政の首長、防災士養成機関関係者などと分野横断的で多彩な顔ぶれとなっている(事務局:河上牧子・事務局長/主任研究員)。
設立趣意書には、平成の時代の災害をはじめ、過去の幾多の災害の克服と防災・減災に向けてのわが国の災害対策を踏まえつつ、「災害大国として、日本は”BOUSAI”において世界をリードしなければならない」とある。また、「平成の時代に誕生し、国民に支持され発展してきた防災士制度の推進の一翼を担ってきた有志が、横断的な研究所を通じて、防災研究を発展させ、防災士制度のさらなる発展に寄与する」ともある。
いわゆる”研究所”というと、科学技術、人文・社会科学などの分野別、研究内容も基礎・応用などに類型化される傾向がある。また、設置主体も国立・公立・私立などと分類されがちだが、令和防災研究所はそうした類型化を超えた、今日ふうに言えば”防災のダイバーシティ(多様性)”に対応する研究所だと言えそうだ。
●17万防災士が日本の「市民の防災力」を確実に向上させる
設立発起人を主とする記者会見の冒頭、青山 佾・令和防災研究所所長は次のように挨拶した。
「平成の時代は災害史から見れば、東日本大震災をはじめ、地震・津波、風水害、噴火が頻発した時代だったと総括できる。それに対して、社会もそれなりに対応して復旧・復興を図ってきた。ただ、その対応は十分だったのか、反省すべき点は多々あり、その整理が残っていると思われる。
いっぽうこの間、防災士制度が創設され、全国に17万人を超える資格取得者がいる。この一定の、共通の知識・スキルを持つ防災士がすべての都道府県にいることで、その活用、そしてその質の向上によって日本の市民の防災力は確実に向上すると考えている。
令和防災研究所のすべての発起人は防災士研修の講師を務めており、その問題意識と確信を共有している。したがって、令和防災研究所は”市民防災を通じた実務と学問研究をつなぐ研究所”だと言える。
また、これまで構築されてきた防災の制度の見直し・改善も研究所のテーマとなるが、いわゆるシンクタンクとは異なり、それぞれ別途本業を持ち、専門分野の異なる人たちが集まって等身大で議論していくことになる。
具体的なテーマは今後の議論に待つが、私個人の問題意識からは、例えば避難勧告・避難指示のあり方、それをいかにどのように、より機能させるのか、また社会環境の変化のなかでの仮設住宅のあり方などもテーマになり得る」
続く質疑応答で、同研究所での研究成果は防災士の活動に反映されるのかという質問に対して、青山氏は――
「研究成果が防災士活動を通じて還元、実装化されることを期待している。今後、研究所ホームページを充実させていく方針だが、そのなかで研究成果の発表とともに、そうした防災士活動の発表の場にもすることで、政策提言の情報収集をしたい。また、災害発生時にはSNSなどのリアルタイムの情報を集約して、防災士同士が情報交換できる場ともしたい。そうしたリアルタイムの情報は、防災士を中心により精度の高い災害情報として集約されるのではないかと思っている」とした。
●廣井氏 『令和防災』の激変を予想、『自助・共助・公助』は不成立?
質疑応答では、東京都文京区区長として研究所に参画することの趣旨について、成澤廣修氏は――
「研究所の狙いとして実務と研究の融合という話があったが、文京区でも避難所の運営面などで防災士に期待していて、その養成への助成制度もある。区長として私は、そうした防災士活動の現場にフィードバックできるような研究成果の成功事例をつくって、それをほかの自治体へ”横展開”していきたいと考えている。文京区はいま、妊産婦・乳幼児の災害対策に率先して取り組んでいて、その全国横展開が実際に進みつつある。今後、このような防災の研究成果を横展開できる触媒に文京区がなれればいいと考えている」と述べた。
「令和」を冠した研究所としたことについて、廣井 悠氏は――
「令和防災研究所の名は、私見だが、正確には『令和防災』研究所だと思っている。『令和』は20年続くか30年続くかわからないが、この間、社会は相当変わると考えられる。例えば一般的に『自助・共助・公助』と言われるが、『令和』では高齢社会化が急速に進み、自助=自ら助ける側の人数はかなり減り、逆に助ける側の人数は減る。『令和』の20年でその比率がガラリと変わり、地縁型共助は希薄化し、公助も行政の財政難などでできることは限られてくる。そういう意味で『自助・共助・公助』という概念は停滞していくことが考えられる。
いっぽう光明は2つあって、ひとつは平成時代の災害教訓であり、その知識量は積み上がっている。もうひとつはITC(情報通信技術)・科学技術の進展だ。最近スマートシティとよく言われるが、まちなかのあらゆる場所にセンサーが埋め込まれて、災害状況が瞬時にわかるようになる可能性もある。そうなると防災のかたちも変わってくるのではないか。
そういうなかで防災士はどのような知識を必要とするのか、どのようなスキルを養うべきか、あるいは”民”の役割はどうあるべきかといったことを考えておく必要がある。20年後・30年後の防災は、防災・減災から”○○災”というようなまったく新しい言葉、新しい概念に変わるかもしれない。そういう発想・研究を防災士の活動のなかに普遍化させていくという趣旨で研究所がつくられたと思っている。
その意味で『令和防災』研究所であり、20年後に”○○災”という新しい言葉が生まれれば、令和防災研究所はひと仕事をしたということになると思っている」とした。
●橋本氏 「防災士の伝播力を活かす」 早坂氏 「防災士の気づき」を還元
防災士制度の発足時から防災士研修の運営にかかわり、日本防災士会の立ち上げに尽力、日本防災士機構では制度推進実務・構想両面を支える橋本 茂氏は、令和防災研究所が防災士をどのように研究対象とし、その研究成果を活かそうとしているかについて、次のように語った。
「防災士数が17万人を超えて、社会のなかで防災士の役割は無視できないものになりつつあると確信している。防災士の特性としては、まず、全国標準での防災知識・スキルを持つことでポテンシャルを生むことがあること。地域に密着しており、自主防災を組織して活動することはもちろん、母と子の防災教室を企画するなど、多彩な活動を通じてわがまちに密着した存在であること。そして、地域の隣の人たちに災害への備えや避難の必要などを伝える伝播力を持つことがあげられる。
いっぽう課題としては、防災啓発や災害対応において、地域住民に情報を伝えられるポイントを確信をもって押さえているかというと、まだまだ不安がある。例えば西日本豪雨の教訓を地域の自主防災組織や学校の子どもたちにどう伝えたらいいのかをタイムリーに明確に示することが重要だが、国や研究者の知見・指針が市民レベルで理解されているかと言えば、絶望的にそうは言えないのが現状だ。それをつなぐのが防災士であり、そのポイントを的確に示すのが令和防災研究所の役割でもある」
東京都議会でとくに危機管理・福祉分野などに専門性を発揮し、”ミスター防災”の異名をとる早坂義弘氏は、前段の橋本氏の見解をフォローするかたちで――
「地域で活動する防災士には”素朴な気づき”というものがある。その気づきを社会に還元する仕組みがいまはない。それを還元する仕組みとして令和防災研究所の役割があると思っている。17万人の防災士の気づきを学問的にも実務的にもフィードバックして社会に反映させ、社会全体の防災力向上に活かせる効果は大きいものがあると思っている。逆に、情報通信技術の進展もめざましく、この最先端技術をどう活用し、地域防災に応用するかのノウハウを防災士にフィードバックさせる仕組みづくりも研究所に期待したい」とした。
●令和南海トラフ巨大地震、令和関東大震災、令和巨大噴火に「民」の備えを
令和防災研究所は今後の予定として、本年9月23日に「設立記念シンポジウム」(会場:全国都市会館)を予定している。テーマは「平成災害史の教訓と令和に向けた課題」で、ゲストスピーカーとして防災士資格取得者の第1号である浦野 修・日本防災士会会長を招くほか、同研究所・研究メンバーを中心パネラーとして議論する。また、これから1~2年でテーマ設定して、政策提言を行うとしている。
ちなみに、同研究所の設立構想はほぼ1年前の2018年7月の準備会発足から始まり、これまで6回の研究会や7回の視察研究(荒川水門など)を経て具体化されてきたという。本年6月下旬にはオリンピック・パラリンピック施設・設備の現地視察を予定、とくに外国人、障がい者関連の視点から、災害対策、ユニバーサルデザインを視察するとしている。
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本紙は『令和』改元を控えた去る4月21日号付け記事のテーマを「『令和』の想定災害に備える」とし、ある仮説を立てた――南海トラフ巨大地震は確率的には2035年ごろに起こる(?)という疑似科学的な巷間の説がある。それに従えば、2035年はいまから16年後で『令和16年』ごろということになる。これは昨年(2018年)6月に土木学会が公表した巨大災害被害想定(本紙 2018年6月17日付け特別記事「最貧国化の可能性も」)に「これから15年以内に対策を完了させるべき」とあったことと奇しくも符合する、とした。
『令和』を迎えたからと言って、国の大規模災害想定がリセットされたわけではない。南海トラフ巨大地震、首都直下地震、そして日本海溝・千島海溝沿いの地震、いずれも30年間発生確率では“ほぼ確実に起こる”レベルは続いている。そして、地球温暖化を背景とする気象災害の激甚化、大規模火山噴火の近年の不気味な沈黙のいっぽう、都市集中と地方・中山間地の過疎化、高齢化など、社会的な災害脆弱性はむしろより高まっている。
令和防災研究所の主要な研究テーマとなる17万防災士、あるいは目前の20万防災士の活かし方は、わが国の地域防災にとって大きなテーマとなることは確かだが、防災士を活かすために、まずは防災士の実像についても明らかにすべき点は多々ある。
男女別年齢構成・職業構成から、地域活動・活動分野の実態分析、地区防災計画への参画状況、企業防災士の実態分析、行政による防災士養成の実態分析、遊軍防災士(独立的な活動家)の実態分析……などなど、防災士の活用に向けて、基礎研究的なデータ分析も必須だ。
令和防災研究所への期待が膨らむだけに要求も大きくなるが、改元を機に改めて鳴らされる警鐘のなかで、スピード感を持って推し進めてほしい。次なる大規模災害発生へのカウントダウンが『令和』でゼロにリセットされることはない。『令和防災』待ったなし、である。
▼参考リンク
>>特定非営利活動法人 日本防災士機構
>>防災士研修センター
>>特定非営利活動法人 日本防災士会
〈2019. 06. 01. by Bosai Plus〉